「日本語はあいまいではない」という私の持論展開の延長戦として、英語もドイツ語もフランス語も、実はひどくあいまいなのだ、という私の「作り話」を披露したいと思う。 抽象概念を表す欧米の単語は、本来は、日本人にとっては極めて難解でわかりにくかったはずだ。ここで言う「抽象概念を表す欧米の単語」とは、日本にはもともと無かった概念を示す単語のことだ。英語を読んでいてそんな単語に出くわすと、はたと立ち止まって考え込んでしまう。一体この単語の意味は何だろうかと。 例えば、identitiyという単語がそうだ。今でこそ、そのまま「アイデンティティ」と書いて何となくわかったような気になっているが、辞書には「自己同一性」「存在意識」などの訳語がならんでいて、その日本語を見てもよくわからない。 それでも現代の日本人が辞書を頼りに英語、フランス語、ドイツ語等を勉強できるのは、こうした日本にはない概念に、かつて……
井上 一幸